偽りも裏切りも見え透いてしまい、状況を見つめる羊はただ唖然とした。
象が口笛吹いている。「象は口笛の名人だ」と人に言われたこともある。
羊は暗闇でほのかに笑う兄さんを思い出し、深いため息をついた。
羊の思う兄さんの回想はいつも賑やかで、
例えば、兄さんとその仲間がピアノを囲んで煙草を吸っていた。
誰もがそうであるように、賑やかなのが好きなのだ。
羊はその部屋の中をそっと覗き込み、歌声に耳を澄ませ、そうして目を閉じる・・・。
目を開けるといつもの現実だった。
「羊君は兄さんのこと、本当に尊敬しているんだね。それは俺よりずっとだろうね。
それでいいさ。俺は凡人の延長に過ぎないからね。」象がつぶやいた。
羊は少しすまなさそうに、答えた。
「象さん、あなたのことはそれなりに標準以上ぐらいには尊敬しているけど、
兄さんに対する執着は、僕もどうしていいのか分からないほど大きなものなんだ。
僕の頭のほとんどを占めている。僕はバカなのだろうか?」
「そんなことは、机にでも聞いてみろ。」象は茶化すように言った。
「机が教えてくれるんですか?」羊は少し考えた。
「例え話だよ。聖書をよく読め。それから俺の論文も熟読しろ。
別に共感しろとは言わない。しかしながら意外とおもしろいはずさ。
周囲が俺の才能が落ちたと言っているけど、読めばおもしろさはそれなりにある。」
象はそう言うと椅子からゆっくり立ち上がり、天井を見上げながら歩き始めた。
羊はしばらく象の後姿を見つめていた。