夜中になって羊は羊を数えていた。
蟹が「人生の醍醐味は羊を数えることやトップを目指すことではない。」と言い切ったが、
羊はとりあえず淡々と羊を数えていた。
羊を数える時、羊は胸が透くような冒険気分になり
何とも言えない達成感に満ちてゆくのであった。
しばらくして顔を上げると象がいた。
そのときの象は窓から外を眺めるように立ち、窓に片腕を押し当てて額をくっつけていた。
象の細い身体は月の明かりの中に溶け込みそうな儚さがあった。
「象さん。コーヒーでも飲みますか?」
羊が穏やかな声で話しかけたら象は「ああ・・・。」と言った。
羊はコーヒーを二つ入れながら象に鼻唄か口笛をリクエストした。
「それにしても、今日もひどく寒いですね。象さんは寒いのが好きだからいいですね。
象さんは暑いときは演説のために表へ出るのに、寒いときは部屋にこもっているでしょう?
何か考え事でもあるんですね。
例えば象さんの生き方についてとか、時には僕のような支持者のところに現れたりだとか、
全くプライベートに時間を使うとか。」
象はカップを両手で持って羊に顔を向けた。
「羊君はいつの間にか俺のことをよく知るようになったね。
しかしいくら羊君でも俺のココロの底までは分からないはずさ。
羊君が俺に対して何でも相談してくれても、俺は自分のことは羊君には相談できない。
羊君はまだまだ子供だからね。それも羨ましいよ。
俺が羊君の年齢の頃、まだ成功も失敗も知らずに伸び伸びとやっていたけど、
一方では仕事辞めさせられるし、ついてない時期だった。
・・・今思うとあの時は楽しかったかもしれない。」
その頃の象には普通の恋人がいて、仕事は苦労していたが仲間と楽しくやっていた。
いわゆる象の夢見る無名凡人時代、その恋人は後に行方不明になり、
やがて象の仕事はなくなり、残ったのは孤独と自由と才能と数人の仲間だけ。
あらゆる悲しみの体験をして今に至っている。