訪ね人から連絡があり、羊は蟹のことでいろいろ聞かれた。
その場で隠れるように居合わせた蟹は、
訪ね人の言うとおりに身分証明ぐらいならしよう、と言っていたが、
訪ね人の目的は蟹の実力を調査するためであり、権力社会に生き残れるかどうかを・・・
少なくとも権力に縁のない蟹に権力社会を意識させる必要があり、
無理ならば羊に関わらないように根回しするつもりなのを羊は知っていた。
訪ね人の望みは、羊が畑違いに権力にしがみつくのではなく、
隠れた経歴を持つ蟹こそ素質さえあれば育てるつもりなのだ。
「蟹君は現実が分かっていないんだな。この身分証明がどのように利用され査定されて、
上手く行けば権力社会に突入、下手をすれば一家全滅なのに・・・。
蟹君の目指すものはもっと穏やかで平凡なものなのに、気の毒な気もするなぁ。
権力社会に生まれ育ち自らその道に飛び込んだ僕にとっては、
如何なる問題になろうとも今さら驚くこともなくすっかり慣れているけれど、
血統や権力とは無縁に生きてきた蟹君にとっては少々きついだろうなぁ。
可愛そうに、蟹君は何にも気づいていないようだ。」
そんな羊の心配もつゆ知らず、
蟹は羊との夕食は何を食べようか、毎日そればかり考えて過ごしていた。
羊が止めようとも、訪ね人は蟹を調査し、蟹は全く気づかず、
羊は蟹に本当のことが言えず、黙り込んだままダムに向かって歩みを進めた。