羊は過去の出来事について蟹に聞かれ、
それを聞いた蟹がココロを痛めるだろうと思うと言葉に詰まるのだった。
あまりにも残酷で、当事者でもあり傍観者でもあり、正義そのものを問うものだった。
羊は「過ぎたことに後悔はしないが、忘れることはないだろう。」と言ったが、
蟹は「忘れることができたら羊君のココロが晴れるのに。」と嘆いた。
そうして、これからは全ての災いから羊を守ろうと羊に誓った。
羊は平然として「蟹君、僕は泣かないんだよ。
嬉しい時も悲しい時も痛い時も泣いたことがないんだ。
だって僕は感情を失ったから。そんなもの捨てちまったから。
後は忠実に誠実に余命を償いの気持ちで過ごすだけだよ。」
そんな風に言ってふっと笑うのだった。
蟹にとって感情を失うということがどれほどの衝撃から起こるものか想像ができなかった。
「それでも羊君には普通の幸福を感じる生活を送って欲しい。
僕に何かできるかな。僕は非力だし権力もないし財力もないし、
羊君に勝るものは何もないけど、何でも努力するよ。」
羊は蟹をなだめながら言った。
「蟹君には何も分からないさ。だからそのことに触れないで欲しい。
それに、何でも努力するなんて簡単に言うもんじゃない。
誰かを全て理解することなんて、不可能なんだ。少なくとも蟹君には何もできないさ。」
蟹は自分の非力さを目の当たりにして、
羊の周辺を守りココロを開かせたかつての親友に嫉妬していた。
羊のココロにはまだかつての親友が生きているのだろう、
羊が昔話を語るときに見せる横顔は何処かしら切なそうじゃないか、
そんな気がした蟹は羊にそれとなく聞いてみた。
「羊君はかつての親友のこと、裏切られたとは言え信じているんだね。」
羊は急に少し言葉を濁らせながら咳払いをした。
「かつての親友は友達がたくさんいたが、僕は憎むことはできない。
蟹君だってそうだろう?今までの親友を心底憎むかい?憎みきれないだろう?
みんな同じさ。ただ僕にとってかつての親友は・・・。」
蟹は羊のココロを察したのか、うつむいて下を見た。一方、羊は冷静に話していた。
「僕は特別じゃない。蟹君も探られたくないことや忘れたいことがあるだろう?
それに忘れられない出来事もあるだろう?無理に忘れなくてもいいんだよ。
全部背負って生きてゆくのが正しいと僕は信じている。」
蟹は羊の複雑な性格に戸惑いつつ、正直で真剣な様子を見たら、
やがて安心して眠り始めた。
眠れない羊は窓の外を眺めながら、
「例え一生会えなくてもいい。何処にいてもいい。犬君が元気ならばそれでいいんだ。
象さんも勝敗なんてどっちでもいい。
活動を続けていつの日か再び脚光を浴びるのを待てば・・・。
元気なのかどうか分からないのは僕の兄さんと僕自身だけ。」
そう呟きながら夜の静けさに眠気を待つのだった。