満たされないまま引きずり廻した挙句の象が部屋を訪れたのは、深夜になってからだった。
「・・・本当は愛してやまないこの毎日をいい加減に過ごすのはやめなよ、と
いつも自分に言い聞かせている。頭では分かっているんだ。
でも実行できないからもどかしくもあり、歯がゆいんだよ。」
象は羊の部屋に普通に現れて定位置に座り、すぐに煙草に火を点けた。
羊もつられて煙草を取り出し、自分が眠れないことで苦しんでいることを象に告げた。
「羊君のかつての親友であり、実際に僕の弟である犬の様子をこっそり見てきたんだ。
犬は疲れ果てていたよ。どうしてだろう?何かあったのかな?」
「象さん、僕は自分のかつての親友である犬君に手紙の返事を出しました。
普通のくだらないことを書いたまでですが、どうしていいのか分かりません。
もっと激励してやるべきだったんでしょうか?」
「・・・いや、犬は同情されるのを嫌うだろうから、俺たちにできることはない。
普通の手紙のやりとりが精一杯だ。
羊君は本当はすぐにでも駆けつけて犬君の悲しみを救ってあげたいんだろうが、
ちょっと時間を置いたほうが賢明だと思うよ、俺は。
俺の場合、媒体を使えば犬にメッセージを伝えることができるはずだったんだが、
なぜか犬が俺を避けているような気がしないでもない。
分からないな。犬の中での俺が消えちまったのかもしれない。」
羊は少し前に犬から貰った手紙に
”俺の兄の象は自分の中から消えようとしている、羊君のことも消えかけているのだろう、
ウソツキじゃないさ、時間が過ぎただけさ、止めることが出来ない。”
とあった一節を忘れられずにいた。
そのことを受け入れるのは悲しいことだったが、そのことを象には黙っていようと思った。
ただし、象はずっと前から気づいていたし、そのことを象は象で羊に黙っていた。
「時が過ぎればそういうこともあるさ。」象は特に気にしていなかった。
「僕もこういうことに慣れていますから。」羊も同じように気にしないように心がけた。
ただ若干ではあるが、羊のほうがダメージが大きかったのだろか、
羊はもう二度と友達なんか要らない、とココロに思っていた。
犬はまた近いうちに手紙をよこすだろう。
いつもと同じ内容がまるでない徒然なる日常の記録だ。
もしそこに何かヒントが隠されていて、犬が救済を求めているのでは?
羊はかすかながらに「犬にだって自分が必要だと思う時がくるかもしれない。」と
くだらない期待を持ったのかもしれない。
「さて、羊君。夜の静寂、車の影、通る電車・・・俺は部屋に帰るよ。」
パタンと音がして象は消え、羊は暗闇の中布団に潜った。