羊は空耳の言葉に瞳を閉じたまま答えた。
「ええ、信じてみます。」
空耳は羊に確認を取りながらさらに続けた。
「自分は格式高い芸術家だとは、自分では思わない。
むしろ、労働者階級向きレベルのエンターテイメントに慣れてきたせいか、
たいして成功したいとも思わないでがむしゃらにやってきただけさ。さて、信じるかい?」
「難しそうですが、主観的事実として信じてみます。」
「そう、それなんだ。自分では・・・主観では、やはり自分は労働者階級なんだ。
でもあるキッカケから自分は評価されるべき人間、
あるいは有害人間・無害人間などと勝手に噂になって、町を歩けなくなったんだ。
さて、信じるかい?」
「つまり、客観的に見られた自分が、主観や本来のあるべき姿を歪めたんですね。」
「そのとおりなんだ。自分の人生が伝説めいた人生設計にすりかわってしまい、
自分が思うとおりに行動できなくなったんだ。
季節が来ると思い出すんだが、
人は自分のことを成功者あるいは道化者などと好き勝手に呼ぶが、
自分はもっと伸びやかで普通の幸福な人生を歩めたのではないか?
それとも自分には最初からそういう運命が約束されていたからこそ、
幼くして父に捨てられ、母に死なれ、素行不良になっちまったのか?さて、どうかね?」
羊はコホンと小さな咳をした。
「どうでしょうね。あなたはご自分のことを悲観しているのかもしれませんし、
僕が無知なだけかもしれませんし。
僕は確かに成功も失敗も知らないお気楽な身分だ。
でも僕は僕で小さいレベルではあるけど憂鬱を抱えているし、
毎日が少しずつ悲しみを増してゆくし、
現実は嫌いだけど・・・あなたと素行不良との因果関係は分かりません。」