気楽に過ごしている羊を見つめる蟹は、ようやく気づき始めていた。
羊は自覚していないが、羊の家系はそこらの階級よりかなりランクが高くて、
気安く声でも掛けて関わりあいになるとロクなことがないのだった。
羊の家系は由緒が正しいとは言いがたいが、筋としては一般人とは違うのであった。
蟹は少し不安になりながらも、天真爛漫に孤独を楽しむ羊との生活に憧れ
「例え命を落としても親友になりたい。」と羊に告げたら、
羊はきょとんとしたまま「蟹君、煙草吸いたいんだけどいいかな?」と言った。
そして当の羊は蟹の鼻唄を聴いているうちに、
かつての親友と飲んだビールの味が懐かしくなり、思わずあくびしながら席を立った。
蟹はしばらく羊に鈍感なままだったが、いつまでたっても羊が戻ってこないので
やたら心配になり、羊を探して部屋を出た。
羊は部屋の外で座り込んであくびをしながら「退屈だ。」と言うしかなかった。
蟹にとっては、気楽そうに見えた羊のココロの奥底は予想すらつかないのだった。
羊は思い出していた。羊にとってかつての親友との時間は本当に楽しかった。
友情の印の煙草を取り交わし、テレビで象を見かけては大騒ぎして、
深夜まで語り合い、そっと羊に告げたのだった。
「羊君とはずっと仲良しでいられるような気がするんだよ。他の友達とは何かが違う。」
羊はかつての親友のそんなロマンチックでニヒルなところを気に入って、
肩を組んで二人で随分と歌を歌った。
羊にとって、その光景はまるで昨日のことのようにまだ鮮明なままだった。
「羊君、そんなところでどうかしたの?疲れたのかな。きっとそうだ。
だって何にも食べてないだろう?無理しないでいいから・・・。」
蟹が心配して羊に声を掛けると、羊は低いテンションの中で答えた。
「蟹君、何にも疲れていない。ただ煙草が欲しいだけだよ。」そして羊はあくびを噛み殺した。
ずっと仲良しでいられるような気がすると言っていたかつての親友さえ
前触れもなく簡単に羊を裏切ったのだから、羊はココロの中で考えていた。
「蟹君も裏切るに違いないだろう。仕方ない。同じことは繰り返し起きるのだから。」と。